“とっておきの” カナディアンロッキー・バスの旅
第二回
 
Jステーション・バンクーバー 吉川綾子

カナディアンロッキーの夏は短い。6月中旬に湖の氷が解けたかと思うと、9月中旬には秋を通り越して冬の気配が漂ってくる。青い空に青い湖は、まさに期間限定なのである。そのシーズン真っ只中の今、ロッキーに訪れて欲しい。
夏を心待ちにしているのは、決して人間だけではない。夏の太陽の光を全身に受けて、エサをついばむ野生動物達をしばしば見かける。森の木々も短い夏を精一杯堪能しようと、枝を広げている。なんでもロッキーの森の木々が成長できるのは、年間わずか90日程度。その間は、いわば冬眠状態なのである。幹が細くて背が低い華奢にみえる樹木でも、ゆうに樹齢100年を超えているものがあるという。その環境の中で育った巨木が、いったい何年ロッキーを見てきたかを想像すると、自然の強さ、雄大さを感じる。

ツアー2日目に入り、山が断然高くなってきた。ベールモントの街を出発してしばらくテット・ジョン・ジャンクションに差し掛かった。19世紀にこの地域でガイドをしていた彼が、白人の血を引く先住民の金髪頭だったことから、商人達に「イエローヘッド・ジョン」と呼ばれていたことから、この辺りがイエローヘッドと呼ばれるようになった。また第二次世界大戦中に日系人が強制疎開させられたところでもある。

高山植物「テリーフォックス・マウンテンビュー」を通過。テリーフォックスは、マニトバ州ウィニペグで生まれ、その後バンクーバー近郊のポートコキットラムで育った。しかし彼が18歳のときに骨髄がんであることが分かり、右足を失うことになった。その入院先の病院で、多くの患者ががんに苦しめられているのを目の当たりにした彼は、がん研究のための資金を募るために「希望のマラソン」と名づけたカナダ横断マラソンを計画。1980年4月ニューファウンドランド州ブランズウィックを出発した。完治したと思われたガンは、マラソン中も彼を蝕んでいた。スタートから143日、5373キロを走った時点で、この計画を断念せざるをえず、再入院。翌年6月に、22歳の若さでこの世を去った。その後も彼の意思は引き継がれ、がん撲滅のためのテリーフォックス財団が設立された。今でも募金活動などを続けている。毎年9月の第2週に、「テリーフォックス・ラン」が開催されており、現在までに300億円を超える募金を集めている。昨年カナダ造幣局は、カナダの英雄としてテリーフォックスをあしらった1ドル硬貨を発行している。

世界遺産でもあり、カナディアンロッキーの最高峰マウントロブソン。3954メートルのそびえたつ山は、なかなか姿を見せてくれないことで有名。一年の中でも10%くらいの確立でしか全貌を見せないというから、その姿を拝むことが出来た方は、しっかりカメラに収めて自慢しちゃいましょう。自称晴れ女の私も、見ることが出来なかった。看板の写真で満足しておこう。意外と普通の観光コースから外れていることもあり、あまり混み合ってないところでもある。

ムースロッキーで初めてお目にかかった動物は、ムースと呼ばれる地球上で最大の「へら鹿」。道路の脇で、堂々と草を食べていた。車を止めてカメラを向けても動じないくらい、食べるのに一生懸命だった。ムースは、寒い地方の水辺の草原に、小さな群れを成して生活している動物。ムースという言葉は、先住民族の言葉で「小枝を食べる動物」から来ている。そのムースが多数生息していることでも有名な、全長10キロにもなる「ムースレイク」を右手に望みながら、イエローヘッド峠へ。ここがBC州とアルバータの州境。州花ワイルドローズの看板が、私達を歓迎してくれた。ここからジャスパー国立公園が始まる。これから出会うロッキーの自然へ期待を膨らませながら、時計を一時間進めた。

 
(文中の行程は予定であり、道路状況などにより変更となる場合があります。)
 
記事:Jステーション・バンクーバー 里見綾子
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